 |
生まれは東京府下荏原郡大井町滝王子、時は大正浪漫の末期。
私の父、由兵衛は桐生で育ち、東京で青年期を過ごしたことは間違いないが、 なぜか、父の口からその間の生活や思い出話を聞くことは少なかった。
壮年期、不況の時代に押し流されるように、故郷の桐生に落ちてからは、60歳で死ぬまで、わたしの子ども時代から青年期にいたる間、まともな仕事にも恵まれず、貧乏のどん底で終わった人だった。
母トキは、娘時代を何不自由無く育ったが、料理人の祖父(麻布の外国人寮の賄い
をしていたという話は聞いたが、私の生まれる前に亡くなっている)の弟子のように育てた獣医師と結婚、一子がありながら、離婚。
その頃、よき伴侶に先立たれ、残された二児を抱えて困っていた父と、再婚。私と四歳年下の弟が生まれるが、その後苦労を背負うことになった。この母に対しては、私自身二十代半ばで、収入も少なく、もう少し幸せな晩年を送らせてやりたかったと、悔やまれてならない。
|
|